おいしいお米、「魚沼産コシヒカリ」を通販でお届け!産地直送ならではの絶品コシヒカリを食卓に!(新潟県魚沼市・旧広神村)世界で最高級のお米、味で人気が一番、鮮度が一番

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コシヒカリを超えられるか?


競い合う各県の農業試験所

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<コシヒカリをめぐる7不思議> 2002(平成14)年産水稲の品種別収穫量・作付面積をみると、1位=コシヒカリ3,187,000トン、606,500ha 2位=ひとめぼれ851,700トン、157,800ha 3位=ヒノヒカリ829,500トン、163,700ha(農水省「子ども相談電話」HPから)。このコシヒカリは全額国庫負担の水稲育種指定試験によって育成された品種で、民間企業の研究開発・新製品発売とは違って、研究開発者には成功報酬としてのボーナスはない。後日発表される資料に育種した農業試験場の名前はあるが、研究者の名前はなかなか見当たらない。このようなとても地味な研究の成果であり、その研究者には職人的な性格さえ感じる。誕生から普及への歩みは平坦ではなく、特にコシヒカリは何度も、あわや廃棄処分という危機に見舞われるなど、波乱に満ちた歩みだった。育種から普及までの歩みを見ると、いくつもの「不思議」があることに気付く。酒井義昭著「コシヒカリ物語」からその「不思議」を要約すると次のようになる。
(1)戦争末期から敗戦直後の食糧難時代に、なぜ日本一おいしい新品種が育成されたのか?
(2)イモチ病に強い新品種を生み出すのが目的だったのに、コシヒカリはイモチ病に最も弱い品種である。
(3)新潟県農事試験場が人工交配したのに、福井県で水稲育種試験が実施されることになった際、譲り渡された系統から誕生した。
(4)福井県はなぜか、県奨励品種に採用することを拒否し、後に一度諦めた新潟県農試が奨励品種への採用を決断した。
(5)戦前、東日本と西日本では米について好みが違うと言われていたが、コシヒカリは東日本でも、西日本でも好まれている。
(6)草丈が高く倒れやすく、機械化が進めば消え去ると言われていたのに、栽培面積が増加した。機械化適応品種に変身したのか?
(7)稲の品種の寿命は10年ぐらいと言われているのに、誕生以来すでに40年。これを超える新品種を開発できないでいる。
<2002年産水稲の品種別収穫量> コシヒカリの実力はどの程度なのか?消費者はどの位コシヒカリを欲しがっているのか?他の品種との比較をしてみよう。                              
順位 品種 収穫量(トン) 作付面積(ha) 登録年・生育場所 主な生産県 コシヒカリ系統
1 コシヒカリ 3,187,000 606,500 1956 福井農試 福井農試  新潟、茨城、栃木
2 ひとめぼれ 851,700 157,800 1991 宮城県古川農試 宮城、岩手、福島
3 ヒノヒカリ 829,500 163,700 1989 宮城県総農試 大分、熊本、福岡
4 あきたこまち 721,300 131,300 1984 秋田農試 秋田、岩手、山形
5 きらら397 362,000 71,000 北海道立上川農試 北海道
6 キヌヒカリ 315,000 62,000 1983 北陸農試 滋賀、兵庫、埼玉
7 はえぬき 285,200 45,400 1992 山形農試庄内支場 山形、秋田
8 ほしのゆめ 137,200 27,500 北海道立上川農試 北海道
9 つがるロマン 122,820 21,400 1997 青森農試 青森
10 ササニシキ 104,800 18,700 1983 宮城県農試古川分場 宮城、山形、秋田
11 むつほまれ 98,600 16,400 1986 青森県農試黒石本場 青森
12 日本晴 75,300 14,100 1963 愛知県農試 滋賀、埼玉、兵庫
13 ハナエチゼン 71,800 13,300 1991 福井農試 福井、富山、石川
14 ゆめあかり 68,500 13,000 1999 青森農試 青森
15 夢つくし 63,400 12,800 1993 福岡農総試 福岡
16 ふさおとめ 52,500 9,440 1999 千葉県農試 千葉
17 あさひの夢 49,800 9,900 1998 愛知県農試 愛知、群馬、栃木
18 ハツシモ 49,800 10,700 1950 安城農業改良実験所 岐阜
19 あいちのかおり 48,600 9,540 1987 愛知県農総試 愛知、静岡
20 祭り晴 47,900 9,220 1993 愛知総農試 愛知、京都、大阪
農水省「子ども相談電話」HPからの数字を中心に作成  ○はコシヒカリの子供、孫、ひ孫の品種。つまりコシヒカリを祖先に持つ品種。
<数字を読む> 「2002年産水稲の品種別収穫量」から数字を読んでみよう。
(1)抜群にコシヒカリが強い。コシヒカリの収穫量は2位ひとめぼれ以下、ヒノヒカリ、あきたこまち、きらら397、キヌヒカリの6位までの合計よりも多い。 (2)コシヒカリより後から登録されたのに、コシヒカリを追い越せない。コシヒカリよりも前に登録されたのは18位ハツシモだけ。それ以外はコシヒカリよりも後に登録されている。品種改良によって新しい品種の米が生まれるのに、コシヒカリを超える品種は生まれない。
(3)戦前からの品種はない。一番古いのがハツシモ(1950年)、次がコシヒカリ(1956年)。「米は日本の伝統文化だ」としても、伝統的な品種は影が薄い。赤米や紫黒米などのような古代米の方が残っているくらいだ。「米作りの伝統」とは「品種改良の伝統」「新しいことにチャレンジする伝統」なのだろうと思う。江戸時代から日本のお百姓さんは「好奇心」と「遊び心」いっぱいの「革新派」だった、というのがTANAKA1942bの考え方。
(4)コシヒカリから生まれた品種が多い。とは予想していたが、調べてみてビックリ。コシヒカリを祖先に持つ品種がこれほど多いとはオドロキ。(2)との関連で考えると、品種改良は進歩がないのではないか?との心配も生まれそうなほどだ。

南魚沼市の特A地区で全国からの田植え選試験の姿風景です。 豪雪地帯の雪解けの冷たい水の中での田植えは身体に冷たさが身にしみながら夫婦で(あうん)の呼吸を合わせながらの田植え姿をご覧ください。
南魚沼市の特A地区で全国からの田植え選試験の姿風景です。。 豪雪地帯の雪解けの冷たい水の中での田植えは身体に冷たさが身にしみながら夫婦で(あうん)の呼吸を合わせながらの田植え姿をご覧ください。

<コシヒカリを超えられるか?> 戦後日本の自動車産業が乗用車を作り始めた頃、クラウン、セドリックやコロナ、ブルーバードはスタンダードとデラックス仕様だけだった。生産台数が増え始めてハイデラックス、スーパーデラックスとかGLなどが登場した。トランジスタ・ラジオ、テープレコーダー、ウォークマン等も新製品として市場に登場したときは1種類だった。商品が市場で成熟する、ということは多くの種類(グレード)が出ること、消費者の多様なニーズに応える品が揃えられる、ということだろう。たくさんのグレードの商品が揃い、その一つのグレード(例えば「スーパールーセント」)がかつての「デラックス」より生産数が少なくても悲観することはない。米の品種のこと、「コシヒカリを超えられない」問題もこのように考えられる。コシヒカリという新商品が登場した。消費者の多様なニーズに応えて、そして生産地の気候・地域性に応じて、コシヒカリから改良された商品(ひとめぼれ、ヒノヒカリ、あきたこまちなど)が登場した。このように考えれば悲観することはない。これからも先進国型産業として期待できる。日本の高度成長を引っ張ってきた自動車産業や家電産業と似たような商品開発が行なわれている、と考えられる。
 米の品種改良という点に注目すると、他の「ものづくり産業」と同じように、市場での消費者ニーズに応えて商品開発を進めてきた、と言える。さらにその商品開発携わった研究者は競争原理に刺激されて成果を上げてきた。新しくできた農試には捨てるようなものを回したり(1947年)、成果を上げて余裕が出てきたので、あまり期待できない品種も登録したり(1957年)、何でもいいから成果を示すために奨励品種登録してしまったり(1953年)、コシヒカリの誕生にはそれぞれの農試、研究者に資本主義。市場経済の特徴である「競争原理」が働いていた、と考えられる。
 農業をいかなる産業と把握するかで、農業に対する政策体系は異なる。農業を「後進的な産業」ととらえた場合、国内の自給体制の維持をめざす限り、過保護農政に走ることになる。われわれは、農業は研究開発ならびにヒューマン・キャピタル(人的資本)の蓄積が他産業以上に重要であると考える。それ故、農業は本来なら先進国で比較優位をもちうる産業であり、最も「先進国型」の産業であると考える。輸入制限がなくても、わが国で農業が発達する条件が潜在的にはあると考える。
 農業は「ものづくり大国日本」に適した産業なのだと思う。そこでコシヒカリから生まれたいくつかの品種、についてもう少し詳しく調べてみることにしよう。
コシヒカリから生まれた優等生

海外でも人気を呼んでいる魚沼産コシヒカリ米
<「美味しい米」系が、円熟した商品取り揃えとなる> 自動車産業を振り返ってみると、クラウン、セドリックがタクシー、法人向けジャンルを拓き、コロナ、ブルーバードがファミリーカーを普及させ、カローラ、サニーがさらにファミリーカー需要を開拓した。以後もスバル360やホンダN360が軽自動車を普及させ、フェアレディZやセリカがスポーツカー部門を開拓し、ホンダのシビックが低公害車を引っ張った。こうした傾向は他の産業でもみられる。例えば、味の素が化学調味料を普及させ、ウォークマンがウォーキングカセットという商品を生み出し、インスタントラーメンやカップヌードルという新しい食品分野を生み出した。テレビで言えば、薄型テレビや液晶テレビが開発され新しい商品ジャンルが生まれ、乗用車では燃費の良さが評価の基準になった。コメでは美味さが評価の基準の一つになった。このようにコシヒカリは他の工業製品と同じような過程で消費者に気に入られていったのだった。食味の科学的判定が確立しコシヒカリの「美味さ」が評価されるようになり、コシヒカリが評価され話題になったことにより科学的評価も信頼されるようになった。このように、新しいヒット商品が新しい商品分野を切り開いてきた。それが市場で消費者に気に入られれば、ライバル企業が参入し、充実した商品構成になる。このようにして、市場では企業や商品が消費者に気に入られように、との競争が始まる。
 コシヒカリの誕生については、先週「(2)コシヒカリを超えられるか?」で書いたように多くの不思議がある。それでもハッキリしているのは、「コシヒカリがこれほど普及したのは消費者に気に入られたからだ」ということ。消費者に気に入られたコシヒカリを追ってライバル商品が開発され、コシヒカリ系はコメ市場で一つの新しいジャンルを作った、と考えられる。そしてその背景には「日本が豊かな国」で「豊かな消費者が、いいものには高い対価を払う」という状況があったからだと考えられる。それではどのような商品がコシヒカリから生まれ、コシヒカリのライバルになろうとし、コシヒカリ系という分野を作っているのか?そのような好奇心に答えるように、いくつかの品種について調べてみることにしよう。
飛行機写真 大型貨物船で時間は掛かるが経費コスト抑えると、共に大量に輸入が出来る貨物船が一番最適である。
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<ひとめぼれ> (普通栽培・中生の晩)
<来 歴>
育成地  :宮城県古川農業試験場
交配組合せ:母親:「コシヒカリ」×父親:「初星」 (初星の交配組合せ:母親:「コシヒカリ」×父親:40-11喜峰)
交配年次 :1981(昭和56)年
育成年次 :1991(平成3)年
主な生産県:宮城、岩手、福島
特徴
耐冷性(冷害):「ササニシキ(やや弱)」より強い“極強”。
食 味:「ササニシキ」より粘りが強く、「コシヒカリ」並以上の"極良"。
玄米品質:「ササニシキ」に優る"極良"。
耐倒伏性:「ササニシキ」より強い。
穂発芽性:「ササニシキ」より発芽しにくい"難"
草 姿:「ササニシキ」より穂数が少ない。丈は同程度。
出穂・成熟期:「ササニシキ」並の“中生の晩”。
耐病性:いもち病抵抗性は「ササニシキ」と同程度。
特徴 農水省子供相談電話HPでは次のように受け答えしている。
質問=「ひとめぼれ」はどんなお米で、人気はあるのですか。(小学生)
答え=「ひとめぼれ」は、「コシヒカリ」と「初星」を両親として平成3年に宮城県古川農業試験場で誕生しました。味とかおりが良く、ねばりの強いお米です。名前の由来は、「見て美しさにひとめぼれ、食べておいしさにひとめぼれしていただき、全国のみなさんに愛される米にしていきたい」との願いがこめられています。「ひとめぼれ」は、東北地方を中心に作付けされており、お米の中で、コシヒカリの次に作付け量及び流通量が多い品種で、市場においても人気があります。
生い立ち
@1980(昭和55)年冷害の実態から、耐冷性の向上が急務となる。翌年古川農試では新しい耐冷性検定法(恒温深水法)を開発し、既存品種の耐冷性評価の見直しを開始する。
A耐冷性の強い「コシヒカリ」を母本として選定し、耐冷性と食味の両立する栽培しやすい品種の開発を目指し、1981(昭和56)年「コシヒカリ」と「初星」を交配して選抜を開始する。
B1988(昭和63)年「東北143号」を育成し、奨励品種決定調査を開始する。その年の冷害で耐冷性の強さと食味の良さが実証され、1991(平成3)年「ひとめぼれ」と命名されデビュ−する。
C1993(平成5)年の大冷害で耐冷性の強さを発揮し、「ササニシキ」の壊滅的な被害を軽減する。 この年を契機に「ひとめぼれ」の評価は急速に高まり、1994(平成6)年には「ササニシキ」に替わり全国作付け二位となる。その後も作付け地域を順調に拡大し、南は沖縄県まで普及している。現在の奨励品種採用県は21県。
 古川農試では、「ひとめぼれ」の成功をバネに晩生新品種「こいむすび」(母親:「中部 73号」X父親:「ひとめぼれ」)を育成し、宮城県北部平坦地帯及び仙台湾沿岸地域に普及させようとしている。このようにコシヒカリの子孫「美味しい米」系が続々と誕生している。
ベトナムで育つひとめぼれ ベトナムにアンジメックス・キトクという会社がある。1991年に日本の米問屋「木徳」とベトナム・アンジャン省の輸出入公団がパートナーとなってできた会社。木徳が67%、公団が33%を出資し、6人の役員のうち、社長を含む4人が木徳、2人が公団の出身。アンジメックス・キトク社では、ベトナムの地元農家に委託して日本米(「はなの舞」「ひとめぼれ」)を生産を委託し、生産を受託している農家にとっては、日本米をつくるには高い技術と細心の注意が要求されるが、それに見合う高収入が保証されている。省としても「全面的に協力する」(アンジャン省人民委員会レ・ホイ委員長)という姿勢だ。
 委託生産面積は99年の200ヘクタールから2000年の400ヘクタール、2003年の600ヘクタールと毎年順調に広がってきた。300人にもおよぶ契約農家を3人の出向者と7人の現地技術者で数人ずつチームを組み技術指導のため巡回するシステムを組んでいる。
 主要な売り先は回転寿司=「すし金」」(Sushi King)で、現在マレーシアで21店、タイで1店を展開しているチェーン店。近く30店舗ぐらいまで拡大する予定とのこと。22店舗のコメの使用量は年間200トンだが、予定通り30店展開すると300トン近くになるという。

食味的に特A地区に負けない隠れた1反に満たない棚田田圃、黄金色に実った風景。味再発見の秘密の所です。 昔なつかしい1俵60キロ俵でした。現在では見かけることがありませんが、このよう俵で集荷されていました。またはざかけ、一升増に白米を入れて、おしゃれして画像に収めました。
食味的に特A地区に負けない隠れた1反に満たない棚田田圃、黄金色に実った風景。味再発見の秘密の所です。 昔なつかしい1俵60キロ俵でした。現在では見かけることがありませんが、このよう俵で集荷されていました。またはざかけ、一升増に白米を入れて、おしゃれして画像に収めました。

<ヒノヒカリ> (普通栽培・中生)
<来 歴>
育成地  :宮崎総農試
交配組合せ:母親:愛知40号(黄金晴)×父親:「コシヒカリ」 (「黄金晴」の交配組合せ:母親:「日本晴」×父親:40-11「喜峰」)
育成年次 :1989(平成元)年
主な生産県:宮城、岩手、福島
生い立ち ヒノヒカリは旧系統名が「南海102号」で、宮城県総合農業試験場水稲指定試験地で育成された中生のうるち種。1989(平成元)年に、福岡、佐賀、熊本、宮崎、鹿児島の各県が奨励品種に採用した良食味品種。西日本、九州の代表的な品種になりつつある。
品種の系譜からみた特性 ヒノヒカリは黄金晴とコシヒカリを親として生まれた品種。この系統からみたヒノヒカリの特性は次の通り。
@炊飯米の光沢が良く、粘りが強いーーコシヒカリの食味。
A耐倒伏性は不十分ーー農林22号、コシヒカリより強いが、黄金晴より明らかに弱く、日本晴並み。
B稈が太く長いーー農林22号ほど長くはない。
C初期の茎数は多くないが、モミ数を取りやすいーー黄金晴。
D外観品質は、やや小粒であるが粒厚は比較的厚く、腹白。心白が出にくいーー黄金晴に似ている。
E
イモチ病抵抗性遺伝子型ーー黄金晴と同じで、抵抗性もやや弱。F脱粒性が難ーーコシヒカリ、黄金晴より難。G穂発芽性が難ーーコシヒカリ。
山口県農業試験所のレポート「水稲品種「ヒノヒカリ」の奨励品種採用 」を引用しよう。
[背景・ねらい] 新食糧法の施行により米の産地間競争が激化し、これまで以上に「売れる米」、「おいしい米」が求められており、不評を来している瀬戸内平坦部の品質、食味の改善は急務となっている。このため、良食味品種の「ヒノヒカリ」を奨励品種に採用し、瀬戸内平坦部産米の良食味品種への転換を図る。
[成果の内容・特徴] 出穂期、成熟期は「せとむすめ」より3〜5日遅く、「中生新千本」並み〜2日遅い中生種である。 稈長は、「せとむすめ」、「中生新千本」より長いが、「せとむすめ」並みに倒伏は 少ない。 穂数が少なく、1穂籾数の多い偏穂重型種で、u当り籾数は確保しやすい。 収量は「中生新千本」よりやや多く、「せとむすめ」並みの多収である。 外観品質は良好であるが、年次によっては乳白米により低下することがある。 食味は極良好である。
[成果の活用面・留意点] 中生種であるので、気象、水利慣行等から主として瀬戸内平坦部の普通期や麦跡栽培に適する。 やや長稈で倒伏の恐れがあるため、極端な多肥栽培は行わない。 品質向上のため、穂肥偏重による籾数過多や、早期落水を避ける。 刈取適期は、刈り遅れによりうす茶米や胴割米が発生しやすいため、比較的籾水分が高い、やや早い時期である。
収量性=日本晴よりやや多 ヒノヒカリは、収量性に関する主な特徴として、
@耐倒伏性が碧風より明らかに劣り、日本晴やコガネマサリ並であり、
A碧風の収量が620キロ以上になる多肥条件では、倒伏のために碧風よりかなり収量が劣り、
B1平方メートル当たり頴花数が3万5000以上になると年により倒伏が発生するほか、未熟粒が多くなって米質が低下する、という3点がある。(「銘柄米をつくりこなす ヒノヒカリ」から)
おなじみの当社前の積雪冬初めの風景、白一色の所にイチョウの木が1本ポツンと目立ち7週間前までは黄色一色でした風景画うその様に消えた冬一番現地からの生の影像です。
おなじみの当社前の積雪冬初めの風景、白一色の所にイチョウの木が1本ポツンと目立ち7週間前までは黄色一色でした風景画うその様に消えた冬一番現地からの生の影像です。

<あきたこまち> (普通栽培・早生)
<来 歴>
育成地  :秋田県農試
交配組合せ:母親:「コシヒカリ」×父親:奥羽292号
交配年次 :1977(昭和52)年
育成年次 :1984(昭和59)年
主な生産県:秋田、岩手、山形
品種の系譜 あきたこまちはコシヒカリを母に、奥羽292号を父に交配して生まれた品種で、秋田県農業試験場では1977年から水稲の育種を開始すると同時に育成選抜を行い、1984年にその第1号として誕生した。あきたこまちの系譜を見ると、母方は
名前の由来 農水省子供相談電話HPでは次のように受け答えしている。
質問=あきたこまちの名前の由来をおしえてください。(小5)

答え=秋田県雄勝町小野の里に生まれたと伝わる小野小町にちなみ、おいしい米として名声を得るようにとの願をこめてつけられました。
タイで人気の「あきたこまち」 2003年7月9日、テレビ東京WBSでタイで「あきたこまち」が人気を博している、と報道された。
@山岳民族うつ族の村、サンサリー村では5年前から地元の精米所であきたこまちを買っている。この地方の料理に合う、と評判がいい。
Aチェンライの富士農園社長梶八十二氏「10数年前から地元の農家に委託して作っています。この3年で倍くらいになっています」
Bチェンライのバーヤン村では年2回日本米を収穫する。農民は言う「日本米はタイ米よりずっと高く売れるから」
C日本食ブームで、日本米は高くても売れる。日本産コシヒカリ2Kg=2,300バーツ、タイ産2Kg=818バーツ、タイ米2Kg=400バーツ程度。
D
日本米の輸出実績、2001年度=231トン、2002年度=538トン。内74%は台湾への輸出。
 これに対するコメンテーター、フェルドマン氏は次のように言う。
 日本の戦後の政策は水田よりも票田ということが問題だったのですね。票を取るために輸入を制限して、高い補助金を出していた。それによって自民党も他の党も票を取ったのです。けれども90年代の中頃から「ミニマム・アクセス」という貿易の協定ができたのです。ようやく日本も海外からコメを輸入することになったのです。それまでは「日本が輸入しないなら、輸出してはダメ」という当然のことになっていて、輸出できなかった。今はできるようになった。だからこういう話を聞いてすごくうれしいな、と思います。今度は補助金を減らしていかなければならない。財政再建ですね。こういう風に、貿易を自由にして、輸入も輸出もできるようになると、財政再建にもつながる。いいな、と思います。
 豊かな日本で「美味しい系」のコメに人気が集まり、タイも豊かになり日本と同じように高くても「美味しい系」のコメが売れるようになってきた。以前ポール・クルグマンは「アジアの経済成長は外部からの投資に支えられているだけなので、いずれ成長は止まる」と言ったのに対し渡辺利夫は「そうではない。アジア経済は確実に成長している」と反論した。タイで「あきたこまち」のような「美味しい系」のコメが売れ出した、ということはタイも豊かになれる人から豊かになり始めた、と言える。この点から見ると渡辺利夫の主張は正しかった。
タイで日本米を作る人、あきらめる人 HP「オリザの環」タイ「貿易の覇者」(3)に次のような文があった。
タイ、チャトチャト米市場見学をしている日本人団体、タイでのお米販売は80kマタイ入れです。日本も最近までは60kの麻袋でしたね。現在では集荷自体で30kの紙袋になりまして、大変昔よりは軽くなりました。 チャトチャト米市場見学
タイ、チャトチャト米市場見学をしている日本人団体、タイでのお米販売は80kマタイ入れです。日本も最近までは60kの麻袋でしたね。現在では集荷自体で30kの紙袋になりまして、大変昔よりは軽くなりました。 チャトチャト米市場見学

タイでは日本の市場開放の動きをにらんで、高く売れる日本米の研究開発も盛んだ。タイ政府が昨年発表した「農家に栽培を奨励する外国品種」の1号はササニシキ、2号はあきたこまち。どちらも東北の人気銘柄だ。栽培に適しているのは比較的涼しい気候の地域だという。最北部の都市チェンライに近いサンタンルアン村で生産者に会った。ブンコーン・チージュムパンさん(52)。タイ企業との契約で、昨年から1.6ヘクタールの水田のうち、約0.6ヘクタールで日本米の栽培を始めた。売り渡し価格が地元のコメより2割高かった。意欲を持って日本米に取り組んだチージュムパンさんだが、2回収穫した体験から「日本米づくりは難しい」と音を上げていた。企業からは肥料を入れる時期や種類、毎日の水管理など、栽培方法を厳しく指導される。さらに、苦労して収穫しても品質が十分でなければ、契約通りの価格で買ってもらえない。「タイ米の何倍も手間が掛かる。品質が不十分でタイ米の値段がいいときは、今までの方がもうかるくらいだ。ねばついて自分で食べる気もしないし」タイ政府は、今年1月から3月まで国内9カ所で「タイ農民の新しい選択。日本米」と銘打ったフェアまで開いて普及に力を入れている。が、チージュムパンさんは「来年からは日本米づくりをやめ、もとからあるコメをつくろうかと思っている」と漏らした。「世界に誇るうまいコメをつくる」というタイ農民のプライドが、国際競争の中で揺らいでいる。
 タイでは、肥料を入れる時期や種類、毎日の水管理など、栽培方法を厳しく指導される。日本では農業経営者が当然のこととして自主的に行なう。ヒューマン・キャピタルの違いだ。
現在では世界的に日本のお米が販売をされるようになりました。特に東南アジア方面のデパートで販売をされてる値段が高くて驚きますが、現実にテレビニュースなどで見ますと日本のおコメが高くても売れると言う現実と私は東南アジア方面各地で拝見をしてます。

次回お楽しみに!
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